・・・ 2011年5月31日〜6月2日十和田・盛岡、2011年7月10日〜13日札幌、2011年8月2日〜6日ジュネーブ(スイス)、2011年9月5日〜6日軽井沢、2011年11月10日〜12日札幌、2012年1月14日〜15日盛岡・新花巻、2013年4月20日下田、2013年7月アメリカ(ボストン、ボルティモア、フィラデルフィア、ニューヨーク)、カナダ(バンクーバー、ビクトリア)、2015年3月台湾、2015年7-8月チューリッヒ(スイス)/ロンドン(英国)、2015年10月花巻・盛岡、そのほか鎌倉・東京・京都・下田・沼津・松山など ・・・

2013/10/31

没後80年記念展 終了のお知らせと御礼

2013年10月31日(木)
銀座教文館で10月10日から開催されてきました展覧会、
没後80年記念展「新渡戸稲造を知っていますか ---世界が尊敬した真の国際人」
が、本日終了しました。
主催の教文館様、また、ご後援いただきました皆様に御礼を申し上げます。
また、ご来場者の皆様、時には台風の影響がある中、遠路、お忙しい中、
熱心にご覧いただき、アンケートやクイズにも大勢の方々が、ご協力して
くださいました。

教文館1Fエントランスでの紹介展示
展示とクイズ&アンケート専用「ポスト」
没後80年記念出版『新渡戸稲造事典』など関連書籍

また、待望の『新渡戸稲造事典』(教文館)が今月はじめに刊行になり、
会期中に、出版記念講演会/祝賀会も開催されました。
講演会は定員を大幅に増やすほどの盛況ぶりでした。
講演会のようすは、こちら
祝賀会のようすは、こちら


没後80年の記念すべき年に、東京で、という多くの皆様の思いが結集した
展覧会になりました。企画に関わらせていただき、ありがとうございました。




新渡戸先生も連日お疲れさまでした!笑




第15回後藤新平・新渡戸稲造記念「拓殖大学 高校生・留学生作文コンクール」表彰式

2013年10月27日(日)10:30〜 
第15回後藤新平・新渡戸稲造記念
「拓殖大学 高校生・留学生作文コンクール」表彰式
拓殖大学 文京キャンパス C館201教室

同コンクールの表彰式にお招きいただき、出席させていただきました。

心配していた台風もそ直撃を免れ、青空の広がる秋晴れの日を迎えました。


拓殖大学 正門


すでに受賞された生徒さんたちが着席されていました。


主催者挨拶
渡辺利夫様(拓殖大学 総長)
阿南惟正様(拓殖大学後援会 会長)

表彰状授与
渡辺利夫様(拓殖大学 総長)
松田陽三様(読売新聞東京本社 執行役員 広告局長)

講評
山田政通様(拓殖大学 副学長、高校生・留学生作文コンクール審査委員長)

渡辺総長のお話「人間は文章を書くことによって成長する」

「言葉と文章がなければ思考は成り立たず、思想は生まれません。
 言葉の使い方がいい加減であれば、それは思考がいい加減、
 言葉が曖昧だということは、その言葉を使っている人間の考えは曖昧だ
 ということなのです。
 自分の思考と思想をただす唯一の道は、言葉と文章を錬磨することです。
 言葉と文章をただすこと、これこそが、人間の成長の基本です。」
 (表彰式プログラムから抜粋)

生涯を通じて継続するべき、とても大切なことを教えていただきました。

受賞されたみなさんのスピーチも素晴らしく、身が引き締まる思いがしました。貴重な機会をありがとうございました。


表彰式の後の記念撮影



記念パーティー





今年度のコンクール応募総数は、昨年の約1200から1800に増加。

過去最多の1600も大きく上回ったそうです。

このたびの作文コンクールに先立って、伝記『新渡戸稲造ものがたり』の

拓殖大学オリジナル版を刊行させていただきました。
中身は既刊と同じですが、表紙は拓殖大学オリジナル、サイズを縮版、
上製を並製(ソフトカバー)に変更し、高校生・大学生にも手に取りやすい本に
なりました(非売品)。コンクールについての帯をカバーの上に巻いています。




表紙の肖像写真は、拓殖大学様所蔵のもので、

前袖(表表紙を折ったところ)に、渡辺利夫総長様のお言葉、
後ろ袖(裏表紙を折ったところ)に、大学案内が入っています。
関係者の皆様、本当にありがとうございました。


『新渡戸稲造事典』出版記念祝賀会

2013年10月22日(火)18:00〜20:00 
『新渡戸稲造事典』出版記念祝賀会
教文館9F ウェンライトホール

佐藤全弘先生のご講演、サイン会の後、同じ会場で、
『新渡戸稲造事典』(教文館発行)の出版記年会がおこなわれました。
このたびの祝賀会の発起人は、秋山孝二様、内川頴一郎様、湊晶子様、森本晴生様の
四人の方々です。



開会のごあいさつ
秋山孝二様(公益財団法人秋山記念生命科学振興財団 理事長)

乾杯のごあいさつ
内川頴一郎様(財団法人新渡戸基金 理事長)

ご祝辞
湊 晶子様(東京女子大学 前学長)
草原克豪様(拓殖大学 名誉教授)
大津光男様(普連土学園 財務理事)

花束贈呈
藤井花穂様(藤井茂様ご令嬢)より、佐藤全弘様へ
中野美帆様(佐藤全弘様ご令孫)より、藤井茂様へ

新渡戸稲造博士ご遺族・加藤武子様(新渡戸稲造ご令孫)からのメッセージ
(柴崎由紀 代読)

著者お二人のスピーチ
佐藤全弘様(大阪市立大学 名誉教授)
藤井茂様(新渡戸基金 事務局長)

おわりのごあいさつ
森本晴生様(新渡戸文化学園 学園長)



多くの関係者の皆様がご参集され、なごやかな会になりました。
皆様のお気遣いをいただき、慣れない進行役を務めさせていただきました。

小著、伝記『新渡戸稲造ものがたり』は、
佐藤全弘様の長年のご研究と著作、藤井茂様の励ましとご協力があり、
出版することができました。
あらためて、お二人に感謝とお祝いを申し上げます。



講演会「ユーモアの人、悲しみの人、新渡戸稲造」

2013年10月22日(火)15:00〜16:30
新渡戸稲造没後80年『新渡戸稲造事典』刊行記念講演会
「ユーモアの人、悲しみの人、新渡戸稲造」
講師:佐藤全弘(さとう まさひろ)大阪市立大学名誉教授
会場:教文館9F ウェンライトホール

没後80年記念展
「新渡戸稲造を知っていますか ---世界が尊敬した真の国際人---」が
おこなわれている教文館の9階ホールで、佐藤全弘先生の講演会がおこなわれました。

定員100名のところ、申込があとを断たず、定員を120名に増やしましたが、
「立ち見でもいいから」という希望者がいらっしゃるほどでした。

佐藤先生は、新渡戸研究の第一人者で、「新渡戸稲造全集」(教文館)の編集委員の
お一人でもあります。
このたび、待望の『新渡戸稲造事典』(佐藤全弘・藤井茂 共著/ 教文館発行)を
出版されました。その記念となる講演会。
佐藤先生のお話はこれまで盛岡や花巻では拝聴しましたが、今回は東京でお話を
伺える貴重な機会になりました。


講演後、サイン会にて


開成学園「『武士道』の授業」

2013年10月21日(月)15:00〜 開成学園(開成中学・高等学校)東京・西日暮里

この日、盛岡から上京された藤井茂様(新渡戸基金事務局長)と
開成学園の橋本弘正先生を訪ねました。
私は数年前に、私学教育の研究授業の視察に同校を訪ね、橋本先生のご講演も
聴きましたので、それ以来の訪問です。

橋本先生は、新渡戸稲造博士の代表的な著書である『武士道』を、同校の生徒たちに
教える教育を導入された方です。
当時の在校生の保護者のお一人で、英文学者の大森恵子様が橋本先生の依頼を受けて
翻訳され、教材としました。
その後、この教材は、新書『高校生が読んでいる武士道』(角川書店)として、
出版されています。
『武士道』は、新渡戸博士が37歳の時、アメリカで英語で出版されました。
さまざまな引用もされていて、一見難解な内容ですので、この解説書は
大変役に立ちます。
残念ながら、現在、同校では「『武士道』の授業」はもうおこなわれていませんが、
当時の子どもたちの感想文は、胸を打ちます。

大森様のご子息が開成高校を卒業されたのは、平成8年。
その後、しばらく続いた橋本先生の「『武士道』の授業」を受けた生徒たちは、
いま社会の中核となる年代になってきました。
橋本先生はその教え子たちの活躍を大変楽しみにされているそうです。

開成学園の校内を見学した後、校史資料室で杉野様、小宮様にお目にかかりました。
資料室には、卒業生の成績表なども保管されています。
開成学園創立140周年記念「ペンと剣の旗の下」の同窓生一覧には、著名な方々の
お名前が並んでいます。
新渡戸博士と関わりのあった、狩野亨吉、柳田國男らの名前もあります。

その後、みなさんとご一緒に、国立公文書館を訪問し、加藤丈夫館長を訪ねました。
加藤館長は、開成の卒業生で、学園長や理事長も歴任されています。
館長室からは、皇居や丸の内のオフィスビルが一望でき、素晴らしい景観です。
貴賓室で、大変貴重な公文書も見せていただきました。

とても充実した時間を過ごすことができました。
橋本先生をはじめ、開成学園の皆様に心より御礼申し上げます。

左から橋本先生、藤井様



田中舘愛橘博士 南部藩出身のもう一人の偉人

2013年10月20日(日)13:00〜 国際文化会館(東京・六本木)401室
田中舘愛橘(たなかだてあいきつ)研究会

田中舘愛橘博士の令曾孫、松浦明会長と新渡戸基金の藤井茂事務局長の
対談を聴かせていただきました。
松浦様は、田中舘博士と約14年間、生活を共にされています。
日本航空協会ホームページに掲載されている松浦様の記事は、こちら

田中舘愛橘博士(1856年〜1952年)は、現在の岩手県二戸市の出身で、
世界的に活躍した地球物理学者。
東京帝国大学教授、帝国学士院会員、文化勲章受章者。
地震研究の先駆者であり、日本の航空学の祖、日本式ローマ字の考案者としても
知られています。

田中舘愛橘研究会会誌 2013年8月第3号 没後60年記念号
田中舘博士は、南部盛岡藩の藩校で学んだ後、
新渡戸博士も学んだ東京の共慣義塾に入学しています。

今回の対談では、藤井氏が、田中舘博士と新渡戸博士の関わりを中心に紹介
してくださいました。
同郷の田中舘と新渡戸は、子どものころ、郷里を離れた東京で出会っています。

「私は新渡戸博士とは同郷でありまして、子どものときから同窓であります。
 明治七年ごろであります。英語学校という所に通いまして・・・
 国訛りのずーずーで、気がねなくものを言う・・・お互い晩年に至るまで
 二人顔を合わせますとずーずー丸出しでしゃべった」
 (『実業之日本』昭和九年十一月号)上記、田中舘愛橘研究会会報誌p234より

新渡戸博士は、9歳になるころ、親元を離れて上京していますが、言葉に訛りが
あることで少なからず肩身の狭い思いをしていたようすを後年書いています。
同郷の友人たちとのずーずー弁での会話はさぞ心許すひとときだったことでしょう。

その後、別の道を歩んだ二人でしたが、およそ30年ぶりに再会。
新渡戸博士は、田中舘博士らが始めた「ローマ字ひろめ会」で講演をしたり、
新渡戸が一高(旧制第一高等学校)の校長時代、その校庭で、
田中舘博士(東京大学理学部教授)らは、グライダーの試験飛行をおこなっています。

新渡戸博士は、「国内で有名になるだけで満足せず、広く世界を見て、なにごとも
判断しなければならない」といつも説いていました。彼は、
世界の医学界で知られていた北里柴三郎、
物理学では、世界的に高名な田中舘愛橘を、高く評価していたのです。

1927(昭和2)年2月、南部同郷会は、「新渡戸博士歓迎・田中舘博士送別」の会を
開いています。新渡戸は、国際連盟事務次長の任期を終えて帰国、一方、田中舘は、
これからジュネーブに出発して、国際連盟の知的協力委員会(新渡戸が、キュリー
夫人やアインシュタインらをメンバーに発足、現在のユネスコの前身)の委員に
就任しました。

二人は、新渡戸博士が亡くなる1933年の春、最後の再会をしたと思われる記録が
残っています。藤井氏は、「この二人の巨人は、まさに心友(心の友)であった」
と話されました。

この日の会では、お茶の先生でいらっしゃる松浦夫人がお弟子さんと共に、
一人一人にお茶を立ててくださいました。台風の余波で雨模様だったこの日、
お茶碗も持参され、朝4時からお菓子職人が作った特注の和菓子も大変おいしく
心温まるひとときでした。

松浦様ご夫妻、藤井様、そして研究会の皆様に心より御礼申し上げます。
 




2013/10/16

没後80年展 好評開催中


10月12日(土)〜14日(祝・月)の連休も多くの方々がご来場くださいました。
ありがとうございます。

会場にて新渡戸博士がお迎えしています。



新渡戸稲造博士(1862年〜1933年)
今年は、新渡戸稲造博士没後80年
命日は、10月15日(日本時間16日)訪問先のカナダで永眠

没後80年記念展
「新渡戸稲造を知っていますか」
2013年10月10日(木)〜31日(日)
10時〜20時(日曜のみ、13時〜)
会期中無休、入場無料 教文館主催
銀座 教文館3階 ギャラリーステラ

東京にある新渡戸博士ゆかりの学校様の所蔵品なども展示しています。
特集番組の放映やクイズもあります。
ぜひ、お立ち寄りくださいますようご案内申し上げます。


伝記『新渡戸稲造ものがたり』もたくさん並べていただきました。
関係者のみなさま、ありがとうございます。




講演会「友愛会・総同盟と新渡戸稲造」

2013年10月15日(火)14:00〜16:00
友愛労働歴史館(東京 芝公園)にて
講演会「友愛会・総同盟と新渡戸稲造」がおこなわれました。

講師は、芳賀清明氏(労働運動史研究者)

この地は、かつて、旧ユニテリアン教会・惟一館があった場所です。

1912(大正元)年8月、惟一館においてユニテリアンの鈴木文治(すずきぶんじ)ら
により友愛会(のちの総同盟・同盟、現在の連合)が創立され、ここは、
日本労働運動発祥の地となりました。

1914(大正3)年、新渡戸博士は、友愛会機関誌「友愛新報」に初寄稿するなど、
友愛会・総同盟のゆかりの人となっています。

1930(昭和3)年、新渡戸は、安倍磯雄、賀川豊彦、鈴木文治、吉野作造とともに
日本労働会館建設後援会を組織し、その建設を支えました。

友愛会の綱領を読むと、新渡戸博士が生涯を通じてめざした、
修養の大切さ、助け合いの精神を感じ取ることができます。

日本労働会館建設後援会のメンバー

友愛労働歴史館内の新渡戸博士コーナー



没後80年の命日 多磨霊園

2013年10月15日(火)
小雨の中、多磨霊園(東京)にお墓参りにでかけました。
80年前の今日が、カナダで亡くなった新渡戸博士の命日(日本時間では16日)です。



すでにたくさんのお花が供えられていました。
墓前に、手を合わせて、「没後80年展」がおこなわれていることなどを
報告しました。


新渡戸家の墓地から30メートルほどのところに、座像があります。



竹内栖鳳展 近代日本画の巨人

近代日本画の大家で、第一回文化勲章の受賞者、竹内栖鳳(1864年〜1942年)
の展覧会に行きました。(東京国立近代美術館)



竹内栖鳳氏と新渡戸稲造博士は、親しく交流しました。

「銀婚式 竹内栖鳳画伯が描いた紅白の菊
 稲造は、以前から親交のあった、京都に住む日本画家の竹内栖鳳を、
 一九一五(大正四)年十月に訪問しました。(中略)
 銀婚式の直前に、竹内画伯に描いてもらった絵が、小日向の家に
 届きました。そこには、紅白の寒菊が描かれていました。
 霜に打たれた葉の上で、真っ白な花は空を向き、天をあおいでいます。
 そのかたわらで、紅色の花のほうは、なんともこころよく生きることを
 楽しんでいるようです。まるで二人の姿が描かれたようなこの絵は、
 稲造にとって大切な宝物になりました。」
 『新渡戸稲造ものがたり』p.149〜150より

今回の展覧会で、「紅白の寒菊」が描かれた絵はないかと注意して見ましたが、
類似した絵はありませんでした。

また、新渡戸博士は、亡くなる数カ月前に京都を訪れて、友人の佐伯理一郎、
竹内栖鳳と飄亭(京都、南禅寺の近く)で食事をしています。

「稲造は、『これから日本を美術と文学を通じて外国に紹介しなければならない。
 そのためには、竹内画伯に聞いておかなければならないことがたくさんある』
 と何度も繰り返し、三人で会食を楽しみました。もしかしたら、政治的な交渉
 にすでに限界を感じ、日本の文化を通じて、日本の真価を世界に認めてもらおう
 と考えていたのかもしれません。」
 『新渡戸稲造ものがたり』p.208より

この後、稲造は日本を離れ、日本代表団を率いて、国際会議に参加しますが、
病に倒れ、カナダで帰らぬ人となったのです。1933年10月15日(日本時間16日)没

 


2013/10/05

没後80年記念展「新渡戸稲造を知っていますか」

昨年の生誕150年(1862年生まれ)に続き、
今年2013年は、新渡戸稲造博士没後80年です。

1933年10月15日(日本時間16日)、
新渡戸博士は、入院中のヴィクトリア(カナダ)の病院で、
71年の生涯を閉じました。

没後80年を記念して、銀座の教文館さんで、展覧会を開催します(主催:教文館)。
新渡戸博士が関わった各学校、各地の記念館の方々にお力添えをいただきました。

私は、企画/写真の出展に協力させていただいています。
今回は特に若い世代のみなさまにも楽しんでご覧いただきたいと考え、
会場で、「クイズに答えて抽選で賞品をもらおう!」を企画、
また、テレビ番組やナレーション入り紙芝居もご覧いただけます。

ぜひお立ち寄りくださいますよう、ご案内申し上げます。

2013年10月10日(木)〜31日(木) 会期中無休/入場無料
午前10時〜午後8時 (日曜のみ 午後1時〜)
没後80年記念展
「新渡戸稲造博士を知っていますか -----世界が尊敬した真の国際人」
銀座 教文館 3F ギャラリーステラ




会場にて、下記をご覧いただけます。

テレビ番組「スーツを着たサムライ 〜新渡戸稲造『武士道』伝説〜」
ナレーション入り紙芝居「新渡戸稲造からの贈り物」

講演会「ユーモアの人、悲しみの人、新渡戸稲造」
佐藤全弘(さとうまさひろ) 大阪市立大学名誉教授
10月22日(火)午後3時〜4時30分
教文館9F ウェンライトホール
500円 要申込(先着100名)
申込は、教文館 03-3561-8448


教文館のホームページは、こちら




2013/10/04

友愛労働歴史館

友愛労働歴史館より、下記のようなご案内がありました。


当館では、「新渡戸稲造コーナー」(10月1日~10月31日)を開設しています。
また、10月15日には新渡戸先生と友愛会・総同盟、労働運動との関連を取り上げた
講演会(下記参照)を予定しています。

       <友愛労働歴史館公開講演会>
  と き:2013年10月15日(火)14:00~16:00
  ところ:友愛労働歴史館・研修室
  テーマ:「友愛会・総同盟と新渡戸稲造」
  講 師:芳賀 清明 氏
  その他:参加費無料、参加申し込みはEメールで友愛労働歴史館ま

  2013.10.03
                         友愛労働歴史館
                         館 長 徳田孝蔵
                         事務局長 間宮悠紀雄


友愛労働歴史館  〒105-0014 東京都港区芝2-20-12 友愛会館8階
               一般財団法人・日本労働会館内
              ℡050-3473-5325、Fax03-3451-1710
           Eメール    yuai@yuairodorekishikan.jp
         ホームページ http://www.yuairodorekishikan.com


2013/09/26

第10回 新渡戸・南原賞授賞式

2013年9月24日(火)学士会館にて
18:00〜 授賞式、19:00〜 祝賀会 

今年度の新渡戸・南原賞授賞式にお招きいただき、出席させていただきました。
この賞は、公益財団法人秋山記念生命科学振興財団がおこなっている
褒賞事業の一つです。
新渡戸稲造博士と南原繁博士(新渡戸の教え子の一人で、東京大学初代総長)の
精神に学び、これを継承して次世代の育成を図るために、
平成16年、新渡戸・南原基金が設立され、財団が継承しています。
平和活動と教育実践に取り組む次世代に対する支援の充実をめざす事業です。
公益財団法人秋山記念生命科学振興財団(札幌)のホームページは、こちら

今年度の受賞者は、下記のお二人です。

角谷 晋次氏(学校法人 盛岡キリスト教学園 理事長、盛岡仙北町教会 牧師)
坪内 南氏(一般財団法人 教育支援グローバル基金 理事・事務局長)

お二人の継続した取り組みに感動し、学ぶことができました。
当日の様子は、こちら。(秋山記念生命科学振興財団のホームページ)



このような機会をいただきまして、ありがとうございました。

2013/09/18

『世界史における日本』 G.B.サンソム


『世界史における日本』 G.B.サンソム (大窪愿二 訳) 岩波新書80  1951年

原文タイトルは、Japan in world history
G.B.サンソム(George Bailey Sansom )

日本語版の序文は、矢内原忠雄氏(日本太平洋問題調査会理事調査委員長)
1951年9月1日に書いています。
「サンソムは、戦前東京のイギリス大使館員として日本滞在三十年に及ぶ著名の
外交官であり、戦時中は、ワシントン駐在公使、戦後は極東委員会イギリス代表の
要職にあった。
・・・1947年以後は、太平洋問題調査会国際調査委員長の任についておられる。」

矢内原氏は、サンソム氏のことを、
「外交官としてのみならず、日本文化史研究の最高権威の一人である」と
讃えています。

この本は、サンソム氏が1950年12月7日から五回にわたり、主催の東京大学で
おこなった連続公開講演の記録です。
その当時の東京大学総長は、南原繁。矢内原忠雄、南原繁は、ともに、
新渡戸博士の教え子でもあります。
(矢内原忠雄氏は、新渡戸が東大で担当していた植民地政策講義の後継者で、
 『武士道』の日本語訳者)
 

第五回「日本の将来にふれて」で、サンソム氏は、次のように述べています。
「私はこの寛容ということにこそ、人と人とのあいだにおけるように国民と
 国民のあいだに理解が成り立つ唯一の希望があると考えます。そして、
 理解のうちにこそ融合の唯一の希望があるのであります。」
 (『世界史における日本』p.113)

新渡戸稲造博士は、亡くなる数ヶ月前の第五回太平洋問題調査会の会議
(カナダ・バンフ)で、次のような内容の演説をしています。

〈「寛容(相手を理解して受け入れること)は、あらゆる進歩と人類福祉の
 根底深くにあるものである。文明はその大部分の成長を、この精神に
 負っている」〉 (『新渡戸稲造ものがたり』p.210)

2013/09/10

『ライシャワー自伝』東京女子大学と日本聾話学校

2013年9月10日(火) 伝記『ライシャワー自伝』

駐日大使を務めたエドウィン・O・ライシャワー氏(Edwin O. Reischauer)の
父は、アメリカ人宣教師で、新渡戸稲造や安井てつと共に、
東京女子大学を設立しました。

エドウィン・O・ライシャワーたち三人の子どもたちは、
いわゆるBIJ(Born in Japan=日本生まれ)。
エドウィンの伝記「My Life Between Japan and America(『ライシャワー自伝』)」
には、次のように書かれています。


『ライシャワー自伝』
エドウィン・O・ライシャワー 著 徳岡孝夫 訳 文藝春秋 1987年


〈 キリスト教徒で現在は五千円札の顔になっている新渡戸稲造、女子教育家の
 安井てつらの協力を得て、父は一九一八年に東京女子大学の創立に成功した。
 英語名をTokyo Woman's Christian Collegeというこの学校は、今日では学問的にも
 社会的にも日本の一流大学になったが、父はいつも非常な満足をもってその創設を
 語ったものである。
 母のほうは一貫して婦人矯風運動と貧しい人のためのセツルメント活動に熱心
 だったが、最大の業績は聾者を口話法(口の形で音を読み取る)で教える
 日本最初の学校を作ったことだろう。〉
 『ライシャワー自伝』p.43-44

エドウィンの父オーガスト・カール・ライシャワーについて、伝記『新渡戸稲造
ものがたり』には、次のように書きました。(p.154 注)

〈 A・K・ライシャワー August Karl Reischauer 1879年〜1971年
 東京女子大学の設立に大きく関わり、常務理事として財政を担当。夫人とともに
 日本聾話学校を(聴力に困難がある子のための学校)を設立。次男のE・O・
 ライシャワーは、のちに駐日大使。〉

ライシャワー家は、軽井沢でよく夏を過ごしていたことが知られています。
当時の外国人たちの多くも、そして新渡戸夫妻もまた軽井沢に別荘をもっていた
ので、軽井沢で両家の交流もあったかもしれません。
新渡戸夫妻の軽井沢の別荘については、こちら

『ライシャワー自伝』の中では、軽井沢で交流した中に、新渡戸博士の教え子
(第一高等学校)三谷隆信氏の姉で女子学院院長の三谷民子、軽井沢でテニスを
したカナダ人E・ハーバート・ノーマンが登場しています。

エドウィンは、後年、三谷隆信氏を侍従長として知ることになります。

三谷は、新渡戸の書生だった友人の田島道治(初代宮内庁長官)とともに
戦後の宮内庁改革に尽力することになるのです。






2013/08/17

演劇「iSAMU」原案・演出=宮本亜門

2013年8月16日 神奈川芸術劇場

新渡戸稲造博士の横顔の彫刻作品を残したイサム・ノグチの生涯を描いた
演劇作品を観にでかけました。
宮本亜門氏の原案・演出、しかも終演後、宮本氏のトークがあるというので
楽しみにしていました。

iSAMU 
20世紀を生きた芸術家
イサム・ノグチをめぐる3つの物語

ステージを3つの時空に分けて、その時空を横断したり、接点があったり。
素晴らしい演出でした。
3年の創作期間を経て、細かなところまで考えられ、きっちりと仕上がっていました。
まら、主演のイサム役は、子役の演技も、母親役もぴったり。

神奈川のあとは、渋谷のパルコ劇場、高松と続きます。




2013/08/11

イサム・ノグチと新渡戸博士

「太平洋の橋になりたい」という志をもった新渡戸博士。
一方、生まれながらにして、太平洋の両岸にルーツをもったイサム・ノグチ。

この二人の接点がずっと気になっていました。
新渡戸稲造博士が没した後、イサム・ノグチは、稲造の横顔をあらわした
彫刻作品(『新渡戸稲造ものがたり』p.218掲載)を制作しているからです。




イサム・ノグチ(1904年〜1988年)の父は、日本人 野口米次郎(ヨネ・ノグチ)。
父は、単身渡米し、米国で詩集を出版、米国人女性との間に生まれたのが、
後年、世界的に有名になる彫刻家イサム・ノグチです。

イサム・ノグチ庭園美術館
http://www.isamunoguchi.or.jp/gamen/home.htm


新渡戸博士は、野口米次郎の英文詩集『東海より(From the eastern sea)』日本版の
序文を書いています。

「『東海より』は原文である英語のまま、一九〇三年十月に日本でも出版された。
 その日本版に序文を寄せたのは、一九〇〇年に出版した『武士道』で国際的に
 名が知られている新渡戸稲造である。」
「・・・ノグチの詩には、彼の生まれた日本と滞在先の海外の両方が表わされている。
 それらの詩は、東洋と西洋の融合により生み出されたものだ。
 ・・・ノグチの詩は、感じられるが言われていないこと、ぼんやりと想像させるが
 言葉で表わされないことを上手に印象づける。」
(『ヨネ・ノグチ 夢を追いかけた国際詩人』星野文子 著 彩流社 p.124−125より)

父ヨネ・ノグチとは複雑な関係だったイサムが、
どのような経緯で、新渡戸博士の彫刻作品を制作したのだろう。
どのような思いを込めたのだろうか。

2013年8月10日 国際文化会館図書室にて


映画「終戦のエンペラー」

2013年7月末、楽しみにしていた映画「終戦のエンペラー」が
封切りになりました。
この映画は、GHQ(連合国最高司令官総司令部)の最高司令官マッカーサーの
軍事秘書官で、日本の専門家だったボナー・フェラーズの物語です。
ボナー・フェラーズ(Bonner F. Fellers)は、終戦後まもなく、
マッカーサーとともに来日します。

〈   フェラーズは、カーライルを学び、稲造の『武士道』を読んで日本人の
 名誉を重んじる精神をよく理解しているクエーカーで、稲造の教え子である
 河井道と、その弟子の一色ゆり(旧姓:渡辺)の友人でもありました。〉
(伝記『新渡戸稲造ものがたり』p.222より)

フェラーズは、アメリカのアーラム大学で留学生一色ゆりと出会い、
日本についての関心を深め、ラフカディオ・ハーンの著書を読んで
日本のことを学びました。
戦前には、新婚旅行で来日するなど、家族ぐるみのおつきあいが続いていました。
戦後、来日したフェラーズは、ラフカディオ・ハーンの遺族、河井道、一色ゆりの
消息を探します。
そして、再会できた河井と一色をアメリカ大使館に招き、日本の天皇制を存続
させるべきか、二人に意見を聞くのです。

伝記では、このように紹介していますが、映画「終戦のエンペラー」では、
違うお話の展開になっていました。
実録や実名入りの映画の中で、どこまでが事実で、どこからがフィクションなのか
わかりにくいと感じました。

友人同士が引き離されてしまった戦争。
けれども終戦後には、お互いへの思いが変わらないものであることを描いた
印象深い映画でした。

「終戦のエンペラー」公式サイト
http://www.emperor-movie.jp/





2013/08/09

拓殖大学 作文コンクール

拓殖大学(東京都文京区)主催の「第15回 後藤新平・新渡戸稲造記念
拓殖大学 高校生・留学生 作文コンクール」では、作品を募集中です。

募集テーマの一つは、「新渡戸稲造について思うこと」。

今回、伝記『新渡戸稲造ものがたり』(拓殖大学オリジナル版・内容は、
既刊同書と同じ)が、拓殖大学様を通じて、全国の多くの高校へ届けられました。
新渡戸博士は、拓殖大学の第二代学監です。
新渡戸博士とご縁の深い同大学を通じて、多くの高校生・留学生に伝記を
読んでいただくことができれば、本当にうれしいです。
関係者のみなさまに感謝申し上げます。

作品を拝見できる時を、いまからとても楽しみにしています。
詳細は、こちらへ。


2013/08/08

キリスト教学校推薦図書フェア(教文館)

2013年8月1日〜31日 東京・銀座 教文館3F

開催中の「キリスト教学校推薦図書フェア」にて、
伝記『新渡戸稲造ものがたり』をご紹介いただいています。


ご推薦いただきました普連土学園様、主催の教文館様、ありがとうございます。
教文館ホームページは、こちら
教文館9Fで開催中の「こねこのぴっち展」もオススメです。