山梨県の「山梨平和ミュージアム 石橋湛山記念館」を訪問しました。
石橋湛山(いしばし たんざん)(1884年〜1973年)は、
平和・民権・自由主義を貫いた言論人であり、
また、一時、内閣総理大臣を務めた政治家でもあります。
石橋湛山は、東京で生まれ、生後まもなく父の転居にともない山梨に移り、
以後、上京する19歳まで、幼少期から青年期を山梨で過ごしました。
成長期の湛山に大きな影響を与えた人物の一人が、
大島正健(おおしま まさたけ)(1859年〜1938年)先生。
甲府中学(現在の甲府一高)の校長で、新渡戸稲造博士の札幌農学校時代の学友、
生涯の友の一人です。著書に『クラーク博士とその弟子たち』(教文館)など。
大島正健は、クラーク博士から直接教えを受けた第一期生、新渡戸は第二期生。
新渡戸の生涯の友、石橋湛山の恩師、大島正健 |
石橋湛山は、大島校長について、
「大島校長に会うことにより、クラーク博士の話を聞き、
なるほど真の教師とはかくあるものかと感動した」
と回想しています。
(展示シートNo.4 「石橋湛山の生涯と思想」『湛山回想』参照)
石橋湛山の揮毫「Boys, be ambitious!」(甲府一高所蔵) |
また、余談になりますが、新渡戸博士は、講演のため、甲府を訪れた際、
宝石(山梨の名産品の一つ)をあれこれ買い求め、お金がなくなり、友人の
大島校長に助けを求め、メアリー夫人にも「もう宝石はたくさんです!」と
あきれられたというエピソードが残っています。