・・・ 2011年5月31日〜6月2日十和田・盛岡、2011年7月10日〜13日札幌、2011年8月2日〜6日ジュネーブ(スイス)、2011年9月5日〜6日軽井沢、2011年11月10日〜12日札幌、2012年1月14日〜15日盛岡・新花巻、2013年4月20日下田、2013年7月アメリカ(ボストン、ボルティモア、フィラデルフィア、ニューヨーク)、カナダ(バンクーバー、ビクトリア)、2015年3月台湾、2015年7-8月チューリッヒ(スイス)/ロンドン(英国)、2015年10月花巻・盛岡、そのほか鎌倉・東京・京都・下田・沼津・松山など ・・・

2013/07/13

フレンズ・セントラル・スクール

2013年7月11日 オーバーブルック(Overbrook)

フィラデルフィアから電車で郊外に向かいます。
楽しみにしていた、フレンズ・セントラル・スクール(Friends' Central School)
訪問です。

オーバーブルック駅




この学校には、旧モリス家が残され、本館として利用されています。
モリス夫妻は、日本人留学生たちを頻繁に招き、新渡戸博士も
将来の妻となるメアリーとここで出会っています。
新島襄、野口英世、津田梅子、内村鑑三らも集った邸宅です。

旧モリス邸正面玄関(現フレンズ・セントラル・スクール本部)
ここでは、歴史の教師Mr.Joel Dankoffと、学校本部のMr.Dwight Dunstenの
お二人が案内をしてくださいました。
Joelの話では、この建物はもともと1862年(新渡戸博士生誕の年!)に
建てられましたが、1892年にほとんど建て直されるほどの大規模な改築が
おこなわれたそうです。
なるほど、1862年に建てられた建物は、写真でよく見ると造りが違います。
そして、当時の建物の内部の写真が現存していないので、
いまとなっては、様子がわからない、とのことでした。

残念ながら、若き稲造青年とメアリーが出会った建物ではありませんが、
雰囲気のある美しい建物です。

旧モリス家 正面玄関(内側から撮影)
玄関のステンドグラスには、もともとの建物が建てられた年「18(左)62(右)」が
入っています。


旧モリス邸 階段の踊り場にあるティファニー製ステンドグラス

一般の家に、ステンドグラス、それもティファニー社のものがあるのは、大変
めずらしいことで、一時は、世界一の会社といわれたペンシルヴァニア鉄道を
経営していたモリス家の裕福さを象徴しているとのことでした。

フレンズ・セントラル・スクールがこの地に移転してきたのは、1925年とのこと。
現在、3歳から18歳まで800名ほどの在校生のうち、
クエーカーの比率は、生徒の5%、教職員の15%程度なのだそうです。

Joel(左)とDwight(右)
親切に案内してくださったお二人。
写真のご提供もいただきました。ありがとうございました。
この部屋は、Joelのクラスルーム。週末は、日本語補習校で使用されています。
日本語の図書がたくさんありました(写真後部)。

このあと、日本語補習校の徳光校長先生が、お迎えに来てくださり、
補習校の事務所に移動です。







2013/07/10

ボルティモアの旧居

ジョンズ・ホプキンズ大学は、新渡戸博士在学当時、もっと南にありました。
旧キャンパスのすぐ隣に、クエーカーのミーティングハウス、そして、
近くに住居がありましたので、調べた住所を頼りに行ってみることにしました。

ところが、そのあたりは、当時と違ってあまり治安がよくないようで、
何人かの人に意見を聞きましたが、「自分だったら、あえて行きたくない」
「昼間なら大丈夫。ただ気をつけて」という反応です。
また、公共の交通機関もないので、大学のビジターセンターでタクシーを
呼んで、タクシーでまわってもらうことにしました。

まず向かったのは、W ランベール通り。



建物の壁に1794と書かれたロゴがあります。
火災保険会社 Baltimore Equitable Society/Insuranceのロゴです。
フィラデルフィア出身のベンジャミン・フランクリンが考えた「火災保険」。
この仕組みを利用して作られたボルティモア最初の会社で、アメリカで三番目に
古い火災保険会社で、現存する会社です。
このロゴは、その火災保険に入っている建物であることを示しているそうです。




このあたりは、きれいな街並で、人の通りは少ないものの危険な感じはしません。
タクシーの運転手さんには、事情を話して、写真を撮る間、待っていてもらい、
次のロケーションに向かいます。



ここは、一時、佐藤昌介、新渡戸稲造、ウィルソン、元良勇次郎が住んでいた
マカルー通りです。
タクシーから降りて、足早に街並の写真を撮って、すぐに次へ。




級友 W. ウィルソン大統領

ジョンズ・ホプキンズ大学のビジター・センターになっているホールに、
W.ウィルソンの胸像があります。




先にジョンズ・ホプキンズに在学中の先輩、佐藤昌介博士に勧められて、
ジョンズ・ホプキンズに入学した新渡戸博士は、佐藤と同じ、アダムス教授の
セミナーに入ります。
そこには、のちにアメリカ合衆国大統領となるW. ウィルソンも在籍していました。
それからさらに30年後、ウィルソン大統領が提唱する世界で初めての国際平和機関、
国際連盟が設立され、新渡戸博士がその事務次長に就任することになります。
運命の巡り合わせでしょうか。


2013/07/09

ジョンズ・ホプキンズ大学

2013年7月8日(月曜日)
今日は、ジョンズ・ホプキンズ(Johns Hopkins University)大学の図書館に
行きます。
事前にメールで打ち合わせをしてあり、10時に伺う約束です。
大学から紹介していただいたホテルのすぐ前が、
キャンパスのノースゲート(North Gate)です。



ノースゲートからうしろを振り返るとホテル(The Inn at The Colonnade)の
全景が見えます。



緑の美しいキャンパス。建物はレンガ色で統一されています。




東部の大学でもこんな注意書きがあるのですね。
「図書館内では、靴とシャツを着用のこと」


一日を過ごした古文書室の入り口。
ここで、持ち物は、ロッカーに入れて、必要なものだけを持ち込みます。
ペンやバッグは持って入れません。

あらかじめ用意しておいてくれた資料を見せていただきました。
写真撮影やスキャニングは自由にできます。
新渡戸博士の在学期間のCircularsを閲覧していたところ、
No.45(1885年12月号)の学生名簿に、元良勇次郎博士(心理学専攻)の名前を
みつけました。同志社の一期生、日本で最初の心理学者といわれています。
現住所として、新渡戸博士と同じ住所が記載されています。

Yuzero Mtora
Sanda, Japan
Doshisha Kioto Japan 1884 Philosophy
4 McCulloh St.








2013/07/08

ボルティモアのミーティングハウス 

2013年7月7日(日曜日)
ボルティモアのミーティングハウスで、クエーカーの礼拝に出席しました。
このミーティングハウスは、ジョンズ・ホプキンズ大学のすぐ横にあります。
http://homewoodfriends.org/




新渡戸博士は、1886(明治19)年12月、日本人として初めて、
「フレンド派ボルティモア月会会員」として認められ、正式にクエーカー
(友会徒)になりました。
(『新渡戸稲造ものがたり』p.64〜66)

当時は、このミーティングハウスもジョンズ・ホプキンズ大学も別の場所に
ありました。(今回、その地も訪ねる予定です)

日本を出発する前、普連土学園の大津先生に、
「ホームウッド(homewood)のミーティングハウスですよ。
 ぜひ行ってみてごらんなさい」
と教えていただいていたので、7日の朝、ミーティングハウスにでかけてみました。

ホームページによると、その日は、朝7時15分から座禅があると出ていたので、
海外では初めての座禅に参加しました。
この座禅会では、鈴木大拙先生の著書を学ぶこともあるそうです。
葉山の座禅の会でお世話になっている藤田一照先生も、ここで指導されたこともあり、
来月もまたいらっしゃると聞き、うれしくなりました。



座禅会の方々がお帰りになり、建物の中で待っていると、クエーカーの礼拝に
一人、また一人と集まってきました。
一階には、広い会堂があります。



新渡戸博士は、かつて、クエーカーの人々に初めて出会った時のこと、
その「質素な服装」について書いていますので、
どのような服装で参加すればよいのか迷っていました。
座禅の後、様子によっては着替えようと、一応、紺色のズボンに紺色のシャツを
バッグに入れていましたが、まったく心配ありませんでした。
Tシャツに短パン姿も多く、みなさん、まったく普通の服装です。

今日の礼拝は、地下でおこなわれました。
一階の広い会堂は、冷房の設備がなく、暑いので、夏の数ヶ月間は、
地下を使っているそうです。


最初の一時間ほどは、円になって、黙って椅子に座っています。
後半になると、数人の方が、立って話をします。
内容は、さまざま。
自分の病気のこと、家族の不幸なできごと、または、
「今日のような素晴らしい日に感謝したい」というようなコメントなど。
最後に、全員が一人ずつ自分の名前を言います。
礼拝の前に何人かの人と話をしていたので、ぜひ自己紹介をと言われ、
今回のボルティモア訪問の目的、新渡戸稲造博士のことなどを説明しました。
礼拝の後は、みんなで軽いランチを食べます。
いろいろな人が話しかけてくださり、ほとんど食べられませんでしたが、
楽しいひとときでした。

その後は、一人でミーティングハウスの一階にある図書室で過ごしました。
本棚に賀川豊彦氏(キリスト教社会事業家)の本が2冊並んでいました。
賀川豊彦と新渡戸は、1932 (昭和7)年、日本で初めての協同組合の病院の
設立に尽力しました。現在の保険医療につながる尊い事業でした。
たしか賀川豊彦はクエーカーではないと思いますが、どのような経緯で
著書がここに並んでいるのでしょうか。





今日は、ボルティモアで座禅と礼拝に参加させていただき、多くの出会いがありました。
また、「座禅」と「沈黙の礼拝」を両方経験するという貴重な機会を得て、
「仏教とクエーカー」について学ぶきっかけになりました。

その後、すぐ近くのボルティモア美術館に寄り、ホテルに帰ろうと、
まだ日射しの強いジョンズ・ホプキンズ大学のキャンパスを歩き始めると、
大学パトロールの車がやってきて、ホテルまで送ってくれました。
ありがとうございました!






オールド・サウス教会と新島襄

2013年7月4日 アメリカの独立記念日(祝日)

この日の夕方、オールド・サウス教会(Old South Church in Boston)へ。
この教会は、アメリカで最も古い宗教コミュニティの一つです。
1630年にイングランドから渡ってきたピューリタン初代開拓者たちの
ボストン第一教会から別れ、第三教会を設立して、この教会は始まりました。
1875年、現在の場所に建てられた教会です。

ボストン公共図書館の横、ボストンマラソンのゴール(FINISH Line)を
はさんですぐ隣にあります。
内部は、とても荘厳で歴史を感じます。




「この教会の指導的会員であったアルフエス・ハーディー夫妻は、新島襄
(ジョセフ・ハーディー・ニイシマ)を1865年から1874年まで、
会衆組合派フィリップス・アカデミー、アーモスト大学、アンドバー神学大学院で
学ばせて、1875年に、京都に同志社を開校、設立するのを助けました。
アルフエス・ハーディーは、これらの学校の理事でした。」(教会資料より)

アーモスト大学(アマースト大学、Amherst College)で、新島は、後に
札幌農学校に赴くクラーク博士の最初の日本人学生でした。

新渡戸博士は、アメリカで新島襄と出会っています。
苦学をしていた新渡戸を見て、新島襄は、同志社の先生になるよう誘いました。
結局、実現はしませんでしたが、後年、新渡戸は、同志社の理事に就任して、
協力しています。
(『新渡戸稲造ものがたり』p.64、p.124、p.208)

オールド・サウス教会(Old South Church in Boston)で、独立記念日の夕方に
おこなわれた野外礼拝に列席しました。




Celebrating America's Ideals in Worship & Song
Thursday, July 4, 6:00 PM

歴代の有名なスピーチの朗読や歌の合唱がありました。
独立記念日に「God Bless America」を歌うことになるとは・・・
しかも、すぐ近くでボストンマラソンの爆発テロが起こった場所です。
あの「キング牧師の名スピーチ、I have a dream」の録音を、
皆で静かに聞ました。
心に残る、忘れられない独立記念日になりました。
お招きくださった関係者の方々にとても親切にしていただきました。
ありがとうございました。

21時半から、ボストンでは、独立記念日の花火が盛大に上がりました。




ボストン公共図書館

ボストン公共図書館(The Boston Public Library)は、1848年創設、
アメリカで最古の公共図書館です。(1895年、現在の場所にて開設)
http://www.bpl.org/

スケールの大きさに圧倒されます。
ここでは、展覧会や読書会、求職者のためのワークショップがおこなわれ、
広く開放されています。





「公共」図書館は、ボストン市民だけではなく、外国人の私に対しても門戸を
開いていることに驚きました。
入館に際しても、まったく手続きは必要ありませんでした。
自由に本を手に取って見ることができます。
閉架資料の閲覧するためには、入館者カードを取得する必要がありましたが、
パスポートさえあれば、2,3分ほどで発行してもらえました。
二年間有効なのだそうです。




館内のコンピューターで「nitobe」を検索したら、閲覧可能な蔵書として、
15件の書籍がヒットしました。




『武士道』のフランス語版の閲覧を申し込みました。
15分以内に用意できるということでしたが、10分ほどですでに窓口に届きました。



「uchimura」(内村鑑三)の著書は、1冊、「okakura」(岡倉天心)は、18冊、
「league of nations」(国際連盟)は、467冊の検索結果が出てきました。


ボストン公共図書館のすぐ横が、ボストンマラソンのゴールラインです。
今年4月の爆発テロは、この近くで起きました。








2013/07/04

ボストン美術館 天心園

伝記『新渡戸稲造ものがたり』の中でも紹介している、岡倉天心(1863年〜1913年)は、
ボストン美術館のキュレーターとして、所蔵品を充実させ、また、
中国・日本美術部長にも就任しました。
美術館には、天心園(日本庭園)があります。





岡倉天心は、美術館のボランティア募集のために、富裕層のご婦人方を前に、
名スピーチをおこなって、その獲得に成功したそうですが、
今回、私を案内してくださったご婦人も上品で素敵な方でした。
ボストン美術館では、案内役とお花のアレンジメントは、ボランティアによる
ものだそうです。





ボストン美術館 SAMURAI!展

2013年7月3日(水)
ボストン美術館で開催中のSAMURAI!展に大勢の人が来ています。
日本では、見たことがないような甲冑など。







SAMURAI!展のミュージアムショップで、
新渡戸稲造著、BUSHIDO The Spirit of the Samuraiを発見!
岡倉天心著、The Book of Teaと一緒に並べられていました。