・・・ 2011年5月31日〜6月2日十和田・盛岡、2011年7月10日〜13日札幌、2011年8月2日〜6日ジュネーブ(スイス)、2011年9月5日〜6日軽井沢、2011年11月10日〜12日札幌、2012年1月14日〜15日盛岡・新花巻、2013年4月20日下田、2013年7月アメリカ(ボストン、ボルティモア、フィラデルフィア、ニューヨーク)、カナダ(バンクーバー、ビクトリア)、2015年3月台湾、2015年7-8月チューリッヒ(スイス)/ロンドン(英国)、2015年10月花巻・盛岡、そのほか鎌倉・東京・京都・下田・沼津・松山など ・・・

2011/09/04

新渡戸博士夫妻が暮らした邸宅

新渡戸稲造博士夫妻は、レマン湖を望む邸宅に住んでいた、
そして、その家には来客が絶えなかった、などの情報から、
今回のUN訪問の際、ぜひその邸宅を訪れてみたいと思っていました。

古文書室の資料の中に、新渡戸博士の引越についての書類があり、
そこから、夫妻の住んでいた屋敷の名前が、レザマンドリエ
であることがわかり、その場所をネットで検索してくれました。

なんと、その屋敷は、いまスイスを代表する時計メーカーの一つ、
Franck Mullerの社屋になっていることがわかりました。
その日から、何回か電話してみますが、返答がありません。

とうとう最終日が近づき、思い切って、バスで行ってみることに
したのです。

UNの前から、バスに乗り、ジュネーブの街とは反対方向に向かいます。



途中、素敵な邸宅が並ぶ、きれいな街並を通ります。
新渡戸夫妻が暮らしていた頃、この家々はすでにあったかも
しれません。この同じ道を、博士は毎日、車で通勤していたので
しょうか、などと車窓からの景色を眺めながら、あれこれ思います。

途中、ジュネーブの空港の滑走路近くも、通りました。
さすがに、新渡戸博士のころは、まだ空港はなかったことでしょう。


Genthodという村でバスを降ります。
Franck Mullerの会社になっている建物、と道で出会った人に尋ねてみました。

「この道をまっすぐ、そんなに遠くはないわよ」


ありました!

もうお屋敷の名前は書いてなかったので、Franck Mullerになっていなかったら、
みつからなかったかもしれません。
三階建て(一番上の階は、屋根裏部屋?)のりっぱな邸宅です。




工事をしている人がいましたが、やはり、会社は夏期休業とのことで
建物の中に入ることはできず、お話を伺うことはできませんでした。

 

Franck Mullerのホームページで、いまは社屋になった建物が掲載されています。