・・・ 2011年5月31日〜6月2日十和田・盛岡、2011年7月10日〜13日札幌、2011年8月2日〜6日ジュネーブ(スイス)、2011年9月5日〜6日軽井沢、2011年11月10日〜12日札幌、2012年1月14日〜15日盛岡・新花巻、2013年4月20日下田、2013年7月アメリカ(ボストン、ボルティモア、フィラデルフィア、ニューヨーク)、カナダ(バンクーバー、ビクトリア)、2015年3月台湾、2015年7-8月チューリッヒ(スイス)/ロンドン(英国)、2015年10月花巻・盛岡、そのほか鎌倉・東京・京都・下田・沼津・松山など ・・・

2014/07/05

「丸山眞男先生 生誕100周年 シンポジウム」東京女子大学

2014年6月27日(金)東京女子大学 丸山眞男記念比較思想研究センター

丸山眞男 生誕100周年 シンポジウム
現代世界の丸山眞男をどう読むか

新渡戸稲造博士が初代学長を務めた東京女子大学(東京都杉並区)に、
かつて近隣に住まわれた丸山眞男先生の蔵書が寄贈され、同大学には、
丸山眞男記念比較思想研究センターがあります。

このたび、同センター主催のシンポジウムが開催されました。




文部科学省「私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」
20世紀日本における知識人と教養
ー丸山眞男文庫デジタルアーカイブの構築と活用ー

シンポジウム詳細については、こちら

丸山眞男先生は、南原繁博士(東京帝国大学法学部教授、のちに総長)の教え子、
南原繁は、新渡戸博士が旧制第一高等学校の校長だった時の生徒で、新渡戸校長から
大きな影響を受けています。
丸山眞男先生は、いわば、新渡戸博士の孫弟子のような存在といえるかもしれません。

小野学長による開会のご挨拶に続き、苅部直(かるべただし)先生の基調講演が
ありました。
苅部先生(東京大学法学部教授。『丸山眞男ーーリベラリスト』でサントリー賞)の
お話は大変わかりやすく、また、内容は、南原先生、新渡戸先生の思想に通じるものも
感じ取れるように思いました。

政治のための教養ーー丸山眞男百歳 苅部 直(かるべ・ただし)

今年、2014年は、第一次世界大戦の開戦(1914年)から100年。

1 出発点としての1945年
  (第二次世界大戦が終結した1945年が日本におけるデモクラシーの出発点)

戦後まもなく、三島(静岡県)に庶民大学三島教室が開校(三嶋大社)。
丸山眞男先生は講師を務めた。生徒は、農民や商人など、一般の人々。
ここでの経験が、のちの丸山眞男先生の学問に大きな影響を与えることになる。

〈苅部先生のレジュメから転載 ↓〉

「デモクラシーと人間性」
(『庶民大学通信』1946.4 『丸山眞男集』第16巻 岩波書店)

「どんなに意見や利害がちがっていてもよく話し合えばお互いの立場が了解され、
 円滑な共同生活が出来るという考え方は、人間が自分を反省する能力があることが
 そもそもの立て前になっているわけです。
 この自己反省の能力が則ちわれわれの理性であり、
 自由主義や民主主義はこうした人間理性に対する信頼を基盤とした主張です。
 私が人間性に対する楽観主義といったのはこの意味です。
 従って、それは決して人間が現実のままで完全であるとか、
 人間の性質のなかには悪がないとかいう意味ではありません。」

「民主主義は自由主義の主張を政治的・社会的にひろげていったものです。
 歴史的に言っても、封建主義に対して自由主義の主張がまず現われ、
 やがてそのなかから民主主義が成長していったのです。」

〈苅部先生のレジュメから転載 終わり〉
〈以下は、聴講メモ〉

2 「政治化」と情報化社会

現代社会では、理性をもつ人間の存在が難しくなっている。
マスメディアの発達により、多くの情報が入ってきて、自分の頭で考え判断する
ことを難しくし、さらに、感情を刺激して人々の意識を集中させることによって、
現状を追認するという結果を起こす。
(例:人々が、サッカーのワールドカップに熱中している間に、
   国会では、重要な法案が進んでいく。)

つまり、社会をリアルに捉え、判断し、政治参加するのは難しい。
では、どうしたらよいのか。(境界に住むことの意味)
→内側にいるのはしかたがない。外からの声に耳をかたむける。

3 「政治的教養」と「遊び」

南原 繁(1889年〜1974年)「政治的教養」
これからの大学は、政治的教養の教育が大事。
新制大学化に尽力。
「一般教養科目」general education ←1940年代のアメリカでの教育革命を参考
よき市民(good citizen)になること、が基盤
戦後の日本の大学教育の出発点

〈聴講メモ 終わり〉

苅部先生のレジュメの最後に、安井てつ学長の「就任の辞」が引用されていました。

「collegeには、professionalの性質を有つものと、Liberalな性質をもつものがあります。
 ・・・ある種の教育は直接生活に必要なるものを授くるのではなく、
 人間生活を理解するに足るべき根本知識を与えて、特別の仕事に従事する基礎を
 造ることを目的とするものであります。
 即ち職業教育も基礎または背景を造るものであって、
 甲(プロフェッショナル)は、直ちに教育の結果を予想し、
 乙(リベラル)は、最善たる結果を将来に収めんがために其の基礎となるべきものを
 重大視するのであります。
 甲は、教育の近路を通り、乙は迂回するのであります。」
(安井てつ学長「就任の辞」1924.6 『学友会雑誌』5号 1926.3 掲載)

〈引用 終わり〉

1918年建学の東京女子大学は、リベラルエデュケーションのための大学。
リベラル=自由人の学問=精神の自由人
    =特定の職業、目的、利益のためではない。→政治のための教養

今回のシンポジウム会場は、安井てつホール。
安井先生は、学監として、新渡戸学長とともに、東京女子大学の初期の教育に尽力され、
のちに第二代学長も歴任されました。

東京女子大学 安井てつホール
この日は、丸山眞男文庫(東京女子大学図書館内)を見学させていただきました。






また、学生ホールにある購買部では、伝記『新渡戸稲造ものがたり』も紹介/販売して
いただいています。ありがとうございます。


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