・・・ 2011年5月31日〜6月2日十和田・盛岡、2011年7月10日〜13日札幌、2011年8月2日〜6日ジュネーブ(スイス)、2011年9月5日〜6日軽井沢、2011年11月10日〜12日札幌、2012年1月14日〜15日盛岡・新花巻、2013年4月20日下田、2013年7月アメリカ(ボストン、ボルティモア、フィラデルフィア、ニューヨーク)、カナダ(バンクーバー、ビクトリア)、2015年3月台湾、2015年7-8月チューリッヒ(スイス)/ロンドン(英国)、2015年10月花巻・盛岡、そのほか鎌倉・東京・京都・下田・沼津・松山など ・・・

2013/08/11

イサム・ノグチと新渡戸博士

「太平洋の橋になりたい」という志をもった新渡戸博士。
一方、生まれながらにして、太平洋の両岸にルーツをもったイサム・ノグチ。

この二人の接点がずっと気になっていました。
新渡戸稲造博士が没した後、イサム・ノグチは、稲造の横顔をあらわした
彫刻作品(『新渡戸稲造ものがたり』p.218掲載)を制作しているからです。




イサム・ノグチ(1904年〜1988年)の父は、日本人 野口米次郎(ヨネ・ノグチ)。
父は、単身渡米し、米国で詩集を出版、米国人女性との間に生まれたのが、
後年、世界的に有名になる彫刻家イサム・ノグチです。

イサム・ノグチ庭園美術館
http://www.isamunoguchi.or.jp/gamen/home.htm


新渡戸博士は、野口米次郎の英文詩集『東海より(From the eastern sea)』日本版の
序文を書いています。

「『東海より』は原文である英語のまま、一九〇三年十月に日本でも出版された。
 その日本版に序文を寄せたのは、一九〇〇年に出版した『武士道』で国際的に
 名が知られている新渡戸稲造である。」
「・・・ノグチの詩には、彼の生まれた日本と滞在先の海外の両方が表わされている。
 それらの詩は、東洋と西洋の融合により生み出されたものだ。
 ・・・ノグチの詩は、感じられるが言われていないこと、ぼんやりと想像させるが
 言葉で表わされないことを上手に印象づける。」
(『ヨネ・ノグチ 夢を追いかけた国際詩人』星野文子 著 彩流社 p.124−125より)

父ヨネ・ノグチとは複雑な関係だったイサムが、
どのような経緯で、新渡戸博士の彫刻作品を制作したのだろう。
どのような思いを込めたのだろうか。

2013年8月10日 国際文化会館図書室にて


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