新渡戸稲造博士の足跡を訪ねて

学者、教育者として、また、国際的にも広く活躍した新渡戸稲造博士(1862年〜1933年)の足跡を訪ね、その原風景に出会う旅  【2022年9月1日 生誕160年 / 2023年10月15日(16日) 没後90年】

2011/12/19

芭蕉「夏草」稲造博士による英訳の句碑 平泉

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2012年1月16日(月) 奥州平泉 平泉の毛越寺(もうつうじ)を訪れた際、思いがけず、稲造博士の英語の句碑を 発見しました。 平泉を訪れた芭蕉が詠んだ「夏草や つわものどもが 夢のあと」は有名ですが、 その句を英訳した稲造博士の直筆が、刻まれています。近くには、解説がありました...

花巻新渡戸記念館(新花巻)

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盛岡市先人記念館を再訪したあと、新幹線で新花巻に向かいました。 2012年1月15日(日) 8時30分、花巻新渡戸記念館に到着しました。 ここ花巻は、新渡戸稲造博士の祖父、新渡戸 傳(つとう)氏の出身の地です。 新渡戸家が二百年以上にわたって居住した地に建てられている記念館です。...

新渡戸稲造博士生誕の地(盛岡)冬

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中津川を渡って、下の橋に向かいます。 途中、道を尋ねると、「雪にうもれてて、なにもないよ」と言われました。 稲造博士生誕の地に到着しました。 稲造博士の像は、雪にもうもれず、静かに思索にふけっているご様子です。

新渡戸稲造胸像(盛岡)

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レストラン公会堂多賀から、城跡公園沿いを歩いて中津川へ。 稲造博士の胸像がありました。

レストラン公会堂多賀(盛岡)

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1927年、1932年、1933年、稲造博士はレストラン公会堂多賀で会食をされました。 盛岡市内にある登録有形文化財「岩手公会堂」は、大正12年(1923年)に建設されました。 その地下にある創業84年の老舗レストランです。 稲造博士の直筆が飾られています。 「Haste not...

新渡戸基金(盛岡)

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2012年1月14日(土) 朝早く東京を出発し、稲造博士生誕の地、盛岡へ向かいました。 駅前からバスに乗り、城跡公園前で下りました。 11時、新渡戸基金を訪問しました。 内川理事長、藤井事務局長、佐藤理事の三人の方々にお会いし、貴重なお話を 伺うことができました。また、資料を提供...

小日向の家と服部坂

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新渡戸稲造夫妻の東京の家を再訪しました。 稲造博士が、カナダで亡くなりメアリー夫人にお骨を抱かれて帰宅した時、 多くの近所の方々が出迎えたという服部坂の写真を撮影しました。 南に傾斜した坂道です。 服部坂を上っていくと、なだらかな道になり、左側に小日向の家の跡地があります。

メアリー夫人と牛馬飲水槽

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新渡戸稲造博士の妻、アメリカ人のメアリー夫人は、日本人道会の活動を積極的に おこなっていたようです。 動物愛護の意識がまだ薄かった当時、人や荷物を運ぶために使われていた牛や馬のために、 水飲み場の設置をおこないました。 大正六年に横浜磯子区に設置された水槽が...

東京女子大学さがみの会

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2011年12月6日 鎌倉プリンスホテル(七里ケ浜) 東京女子大学の湘南地区同窓会「さがみの会」会員の義母に同伴して、 総会に伺いました。 同窓会で制作した新渡戸稲造博士のDVDを一緒に鑑賞させていただきました。 新渡戸博士から直接教えを受けた同窓生の方々のインタビューから、 博...
2011/11/19

東京女子大学(Tokyo Women's Christian University)

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女子教育の重要性を指摘していた新渡戸稲造先生は、1918年、東京女子大学の創立に 関わり、初代学長に就任しました。 1920年、国際連盟事務次長に就任した後、1923年、共に建学に尽くした安井てつ先生が 学長を引き継ぎました。新渡戸先生は、遠くジュネーブから生徒たち一人一人にお便...
2011/11/15

遠友夜学校跡地

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最終日、新渡戸稲造・萬里子ご夫妻が豊平橋近くに創立した、札幌遠友夜学校の跡地を 訪れました。 数ヶ月前まで、遠友夜学校記念室もここにありましたが、建物の解体作業中でした。 この掲示も間もなく取り外されることでしょう。 敷地内、道路に近いところに、遠友夜学校を記念する像が立っていま...

北海道大学文書館

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地下鉄南北線、中島公園駅から、地下鉄に乗って北海道大学へ。 今回の訪問先、北海道大学文書館(図書館4階)へ行く前に、晩秋のキャンパスを 散策しました。北国の紅葉は、目が覚めるような美しさです。 晩秋のポプラ並木。 そして、ポプラ並木のすぐ横の稲造博士像 北海道大学文書館には、さま...
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Yuki Shibazaki / 柴崎 由紀
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