新渡戸稲造博士の足跡を訪ねて

学者、教育者として、また、国際的にも広く活躍した新渡戸稲造博士(1862年〜1933年)の足跡を訪ね、その原風景に出会う旅  【2022年9月1日 生誕160年 / 2023年10月15日(16日) 没後90年】

2011/10/28

『実業之日本』

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渋沢史料館では、「渋沢栄一と『実業之日本』」企画展が開催中。 (2011年10月1日〜11月27日 主催:渋沢史料館 協力:株式会社実業之日本社) 『実業之日本』は、明治創業の出版社で、その雑誌には、新渡戸稲造博士も多くの 記事を寄稿し、編集顧問でもありました。 展示資料の中に、...
2011/10/27

渋沢栄一氏との関係

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太平洋問題調査会でともに尽力した渋沢栄一氏についての資料を閲覧するため、 東京・飛鳥山にある渋沢史料館を訪問しました。 大正9年4月、社団法人国際聯盟協会が日本で創立。 渋沢栄一氏がその会長となったので、当時、スイス・ジュネーブにあった国際聯盟 事務次長であった新渡戸稲造博士と関...
2011/10/16

多磨霊園に眠る稲造博士ゆかりの人々

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多磨霊園には、新渡戸稲造博士と関係の深い方々も眠っています。 稲造博士のお許しを得て(墓前でお知らせして)、長年の友人であった内村鑑三氏の お墓にお参りしました。 そのほか、門下であった有島武郎(作家)、南原繁(政治学者、東大総長)、 矢内原忠雄(経済学者、東大総長)などのお墓も...

稲造博士の命日

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1933年(昭和8年)10月15日は、新渡戸稲造博士が、カナダで亡くなった日です。 (日本時間、10月16日) 稲造博士が、万里子(メリー)夫人らと眠る多磨墓地へお参りにでかけました。 10月15日(土)朝の東京は、朝から雲行きがあやしく、雨まじりの風が と...
2011/10/04

東京外国語学校

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念願の上京を果たした稲造博士(当時は、叔父・太田時敏の養子)は、元南部藩主による 共慣義塾に入学、そして、1875年(明治8年)、東京外国語学校の入学試験に合格しました。 東京外国語学校は、現在の東京外国語大学の前身で、現在の千代田区一ツ橋二丁目に ありました。 皇居のお堀からも...
2011/09/09

石の教会 内村鑑三記念室

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札幌農学校時代の同級生で親友の内村鑑三記念室と「石の教会」が、 軽井沢の星野温泉近くにあることがわかり、見学に行きました。 建築家ケンドリック・ケロッグによるオーガニック建築(建築が自然の一部になること) 残念ながら、教会の中は撮影することができませんでしたが、 水の流れが優しく...

新渡戸通りと三度山の別荘

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旧軽井沢からすぐのところに、新渡戸家の別荘があった、新渡戸通りがあります。 「新渡戸通り」の説明文 明治時代から軽井沢を愛し、昭和初期に三度山に三階洋風別荘を造った新渡戸稲造は、 軽井沢夏期大学創始者の一人である。新渡戸は、国際連盟事務次長として活躍した。 設置者 軽...
2011/09/08

軽井沢夏期大学の跡地

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後藤新平氏、新渡戸稲造博士らが始めた軽井沢夏期大学の跡は、 現在、日本大学の軽井沢研修センターになっています。 センターの裏手に、軽井沢夏期大学当時のものといわれている門が 残っています。 軽井沢夏期大学は、戦争で一時中断されましたが、その後、再開し、 現在も続いています。 当時...
2011/09/07

晩夏の軽井沢へ

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大正7年(1918年)、 新渡戸稲造博士は、後藤新平氏らと共に、軽井沢(通俗)夏期大学を開校しました。 後藤新平氏が総裁、新渡戸博士が会長。 軽井沢という地で、どのような目的と経緯で、この大学が開かれたのでしょうか。 その背景と、軽井沢での新渡戸博士を探しに、軽井沢に向かいました...
2011/09/04

ジュネーブの街

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国際都市 ジュネーブ(スイス) レマン湖畔に広がる美しい街です。フランス語圏。 新渡戸稲造博士が、事務局次長として約7年間勤めた国際連盟の本部がありました。 その後も、国際連合の諸機関など多くの国際機関が所在します。 レマン湖の水上に高く噴き上げられる大噴水(Jet d'...

新渡戸博士夫妻が暮らした邸宅

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新渡戸稲造博士夫妻は、レマン湖を望む邸宅に住んでいた、 そして、その家には来客が絶えなかった、などの情報から、 今回のUN訪問の際、ぜひその邸宅を訪れてみたいと思っていました。 古文書室の資料の中に、新渡戸博士の引越についての書類があり、 そこから、夫妻の住んでいた屋敷の名前...
2011/09/03

国連見学ツアー

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一般向けのツアーに参加してみました。 一番大きな会議場 ニューヨークの国連本部のように、世界各国からの贈りものが 展示されています。 日本からの贈りものの壷 天井がおもしろいアート作品になっている会議場

国連カフェテリア

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古文書室は、お昼休みになると閉室。全員、室外に出なければなりません。 鍵を締めるので、パソコンや閲覧している資料など、そのままにしてカフェテリアに 行きます。 入り口に今日のメニューが出ています ピザを注文すると、その場で作ってオーブンで焼いてくれます。 サラダバーが充実していて...
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Yuki Shibazaki / 柴崎 由紀
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