新渡戸稲造博士の足跡を訪ねて

学者、教育者として、また、国際的にも広く活躍した新渡戸稲造博士(1862年〜1933年)の足跡を訪ね、その原風景に出会う旅  【2022年9月1日 生誕160年 / 2023年10月15日(16日) 没後90年】

2011/09/09

石の教会 内村鑑三記念室

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札幌農学校時代の同級生で親友の内村鑑三記念室と「石の教会」が、 軽井沢の星野温泉近くにあることがわかり、見学に行きました。 建築家ケンドリック・ケロッグによるオーガニック建築(建築が自然の一部になること) 残念ながら、教会の中は撮影することができませんでしたが、 水の流れが優しく...

新渡戸通りと三度山の別荘

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旧軽井沢からすぐのところに、新渡戸家の別荘があった、新渡戸通りがあります。 「新渡戸通り」の説明文 明治時代から軽井沢を愛し、昭和初期に三度山に三階洋風別荘を造った新渡戸稲造は、 軽井沢夏期大学創始者の一人である。新渡戸は、国際連盟事務次長として活躍した。 設置者 軽...
2011/09/08

軽井沢夏期大学の跡地

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後藤新平氏、新渡戸稲造博士らが始めた軽井沢夏期大学の跡は、 現在、日本大学の軽井沢研修センターになっています。 センターの裏手に、軽井沢夏期大学当時のものといわれている門が 残っています。 軽井沢夏期大学は、戦争で一時中断されましたが、その後、再開し、 現在も続いています。 当時...
2011/09/07

晩夏の軽井沢へ

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大正7年(1918年)、 新渡戸稲造博士は、後藤新平氏らと共に、軽井沢(通俗)夏期大学を開校しました。 後藤新平氏が総裁、新渡戸博士が会長。 軽井沢という地で、どのような目的と経緯で、この大学が開かれたのでしょうか。 その背景と、軽井沢での新渡戸博士を探しに、軽井沢に向かいました...
2011/09/04

ジュネーブの街

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国際都市 ジュネーブ(スイス) レマン湖畔に広がる美しい街です。フランス語圏。 新渡戸稲造博士が、事務局次長として約7年間勤めた国際連盟の本部がありました。 その後も、国際連合の諸機関など多くの国際機関が所在します。 レマン湖の水上に高く噴き上げられる大噴水(Jet d'...

新渡戸博士夫妻が暮らした邸宅

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新渡戸稲造博士夫妻は、レマン湖を望む邸宅に住んでいた、 そして、その家には来客が絶えなかった、などの情報から、 今回のUN訪問の際、ぜひその邸宅を訪れてみたいと思っていました。 古文書室の資料の中に、新渡戸博士の引越についての書類があり、 そこから、夫妻の住んでいた屋敷の名前...
2011/09/03

国連見学ツアー

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一般向けのツアーに参加してみました。 一番大きな会議場 ニューヨークの国連本部のように、世界各国からの贈りものが 展示されています。 日本からの贈りものの壷 天井がおもしろいアート作品になっている会議場

国連カフェテリア

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古文書室は、お昼休みになると閉室。全員、室外に出なければなりません。 鍵を締めるので、パソコンや閲覧している資料など、そのままにしてカフェテリアに 行きます。 入り口に今日のメニューが出ています ピザを注文すると、その場で作ってオーブンで焼いてくれます。 サラダバーが充実していて...

新渡戸博士関連の書類

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昔の図書館の利用方法と同じように、 まず、インデックスで、nitobeのカードを探します。 nitobe, I.と書かれたたくさんのカードがあります。 これは、途方もなく多い資料がありそうです。 そのカードから、今度は、古文書室に設置してある分厚い本で、 書類収納箱の番号を探...
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Yuki Shibazaki / 柴崎 由紀
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