一方、生まれながらにして、太平洋の両岸にルーツをもったイサム・ノグチ。
この二人の接点がずっと気になっていました。
新渡戸稲造博士が没した後、イサム・ノグチは、稲造の横顔をあらわした
彫刻作品(『新渡戸稲造ものがたり』p.218掲載)を制作しているからです。
イサム・ノグチ(1904年〜1988年)の父は、日本人 野口米次郎(ヨネ・ノグチ)。
父は、単身渡米し、米国で詩集を出版、米国人女性との間に生まれたのが、
後年、世界的に有名になる彫刻家イサム・ノグチです。
イサム・ノグチ庭園美術館
http://www.isamunoguchi.or.jp/gamen/home.htm
新渡戸博士は、野口米次郎の英文詩集『東海より(From the eastern sea)』日本版の
序文を書いています。
「『東海より』は原文である英語のまま、一九〇三年十月に日本でも出版された。
その日本版に序文を寄せたのは、一九〇〇年に出版した『武士道』で国際的に
名が知られている新渡戸稲造である。」
「・・・ノグチの詩には、彼の生まれた日本と滞在先の海外の両方が表わされている。
それらの詩は、東洋と西洋の融合により生み出されたものだ。
・・・ノグチの詩は、感じられるが言われていないこと、ぼんやりと想像させるが
言葉で表わされないことを上手に印象づける。」
(『ヨネ・ノグチ 夢を追いかけた国際詩人』星野文子 著 彩流社 p.124−125より)
父ヨネ・ノグチとは複雑な関係だったイサムが、
どのような経緯で、新渡戸博士の彫刻作品を制作したのだろう。
どのような思いを込めたのだろうか。
2013年8月10日 国際文化会館図書室にて