新渡戸稲造博士の足跡を訪ねて

学者、教育者として、また、国際的にも広く活躍した新渡戸稲造博士(1862年〜1933年)の足跡を訪ね、その原風景に出会う旅  【2022年9月1日 生誕160年 / 2023年10月15日(16日) 没後90年】

2011/11/15

札幌 豊平館(ほうへいかん)

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2011年11月11日(金曜日)快晴 青空広がる中島公園内にある豊平館を訪問しました。 豊平館は、明治13年に建てられた木造洋風建築物です。 札幌を視察された明治天皇をはじめ、大正、昭和の天皇陛下も皇太子時代に お泊まりになりました。現在、重要文化財。 豊平館は、かつて今の大通公...

札幌市時計台(旧札幌農学校演武場)

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街の中央に位置する有名な時計台を再訪しました。 多くの観光客が、時計台を背に記念撮影をしています。 一階は、農学校時代、研究室や講義室として使われました。 いまは、農学校についての展示室になっています。 札幌農学校の初期卒業生の中に、新渡戸稲造博士もいます。 稲造博士の農学校時代...

札幌 遠友夜学校記念室

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秋が深まる晴天の札幌を再訪しました。 2011年11月10日(木曜日)早朝の羽田空港発で新千歳空港へ。 10時に北大植物園にてアポイントメント。 早速、宮部金吾博士(新渡戸稲造と札幌農学校で同期生)記念室へ。 前回の見学で、大変印象的だった宮部先生の農学校時代の英語の筆記ノート、...
2011/11/05

ニトベ・ハウス 小日向の家

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秋晴れの日、新渡戸稲造博士夫妻が住んでいた東京・小日向の家の跡を訪ねました。 小高い丘の上に、閑静な住宅街が広がっています。 南に少し傾斜している一角に新渡戸稲造博士夫妻の旧居跡がひっそりと 残っていました。この石垣と階段は、当時からのものでしょうか。 (この奥の敷地内には、団地...
2011/10/28

『実業之日本』

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渋沢史料館では、「渋沢栄一と『実業之日本』」企画展が開催中。 (2011年10月1日〜11月27日 主催:渋沢史料館 協力:株式会社実業之日本社) 『実業之日本』は、明治創業の出版社で、その雑誌には、新渡戸稲造博士も多くの 記事を寄稿し、編集顧問でもありました。 展示資料の中に、...
2011/10/27

渋沢栄一氏との関係

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太平洋問題調査会でともに尽力した渋沢栄一氏についての資料を閲覧するため、 東京・飛鳥山にある渋沢史料館を訪問しました。 大正9年4月、社団法人国際聯盟協会が日本で創立。 渋沢栄一氏がその会長となったので、当時、スイス・ジュネーブにあった国際聯盟 事務次長であった新渡戸稲造博士と関...
2011/10/16

多磨霊園に眠る稲造博士ゆかりの人々

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多磨霊園には、新渡戸稲造博士と関係の深い方々も眠っています。 稲造博士のお許しを得て(墓前でお知らせして)、長年の友人であった内村鑑三氏の お墓にお参りしました。 そのほか、門下であった有島武郎(作家)、南原繁(政治学者、東大総長)、 矢内原忠雄(経済学者、東大総長)などのお墓も...

稲造博士の命日

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1933年(昭和8年)10月15日は、新渡戸稲造博士が、カナダで亡くなった日です。 (日本時間、10月16日) 稲造博士が、万里子(メリー)夫人らと眠る多磨墓地へお参りにでかけました。 10月15日(土)朝の東京は、朝から雲行きがあやしく、雨まじりの風が と...
2011/10/04

東京外国語学校

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念願の上京を果たした稲造博士(当時は、叔父・太田時敏の養子)は、元南部藩主による 共慣義塾に入学、そして、1875年(明治8年)、東京外国語学校の入学試験に合格しました。 東京外国語学校は、現在の東京外国語大学の前身で、現在の千代田区一ツ橋二丁目に ありました。 皇居のお堀からも...
2011/09/09

石の教会 内村鑑三記念室

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札幌農学校時代の同級生で親友の内村鑑三記念室と「石の教会」が、 軽井沢の星野温泉近くにあることがわかり、見学に行きました。 建築家ケンドリック・ケロッグによるオーガニック建築(建築が自然の一部になること) 残念ながら、教会の中は撮影することができませんでしたが、 水の流れが優しく...

新渡戸通りと三度山の別荘

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旧軽井沢からすぐのところに、新渡戸家の別荘があった、新渡戸通りがあります。 「新渡戸通り」の説明文 明治時代から軽井沢を愛し、昭和初期に三度山に三階洋風別荘を造った新渡戸稲造は、 軽井沢夏期大学創始者の一人である。新渡戸は、国際連盟事務次長として活躍した。 設置者 軽...
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Yuki Shibazaki / 柴崎 由紀
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